大都市避難に関する研究

 大量の通勤者が朝夕移動を繰り返すなど,ヒト・モノ・カネ・情報の全てが集まる大都市.この集積は日本の経済・産業をリードする大きなメリットであるものの,ひとたび災害が発生すれば集まることによる様々なリスクが同時に顕在化し,その被害は各所へ波及します.特に東日本大震災時に首都圏で発生した帰宅困難者問題は,震度5強という揺れのもとでは「帰れないこと」が問題となりましたが,震度6強・震度7などの強い揺れが発生した場合,また違う問題が顕在化するものと考えられます.これを廣井は「大都市避難問題」と呼んでいます.「大都市避難問題」の論点は,おおきくわけて3種類あると考えています.ひとつは先にも述べた,大都市における人口や建物の過集中です.このような場所で大規模災害が発生した場合,

  1. 地震直後から周囲の被害や家族安否,移動先の情報などはまったく受け取れず,
  2. 大量の人々が行き場所を失い,右往左往するか自宅を目指すなど盲目的な移動を試み,
  3. 各地で大渋滞や混雑現象が発生し,明石花火大会歩道橋事故の再現や群集の大規模火災発生地域への突入,
  4. そして大渋滞に伴って迅速な避難や消火・救急・救助活動が大幅に阻害される
という事態が強く懸念されます.現に東日本大震災の首都圏では上記の1,2が実際に起こっていますが,揺れが甚大ではなく半数程度がゆるゆる帰宅したことと直接被害が軽微だったため,3,4はそこまで大きな問題となりませんでした.
 もうひとつは建物倒壊による道路閉塞,液状化,市街地火災,津波災害などの災害が複合的に発生する可能性も極めて高いという点です.一般に災害からの避難計画はハザード別に作られることがほとんどです.したがってこのような複合災害が発生した場合,もしくは発生する可能性がある場合,避難行動はとりわけ難しくなります.複合災害あるいは二次災害が発生する蓋然性の高い大都市部は,この問題が深刻になります.最後の点は,ヒューマンウェア上の課題です.大都市部は地域コミュニティが弱体化している所も多いため,このような場所で共助が機能するかどうかはわかりません.また居住経験が浅い住民も多いため,地域の災害リスクを認識していたり経験を有した人たちが少ない可能性もあります.そして大都市部は変化が著しく,過去に我々が経験しなかった新しい災害も発生するかもしれません.われわれはこのような問題意識のもと,大都市部の避難について,ソフトハード両面から研究を進めています.

大都市複合災害避難シミュレーション技術の開発

 これに対して東京大学廣井らは,先に挙げた3つの論点の前者2点を特に可視化・評価する目的で,大都市複合災害避難シミュレーション技術を開発しています.これは大都市域全体を対象とした広域の移動シミュレーションと地域レベルを対象とした狭域の避難シミュレーションを入れ子的に組み合わせたもので,特に前者は帰宅困難者対策の政策評価も可能とするものです.例えば,下記の図1は首都圏で平日昼間に大規模災害が発生し,もし仮に帰宅困難者の一斉帰宅がなされてしまった場合の,発災から1時間後に予想される歩道の歩行者密度を示したものです.紫色が1uあたり6人程度の大過密状態が発生するところを示しており,東日本大震災時を再現したケース(図2)とは比べ物にならないほどの危険な箇所があちこちで発生することを示しています.またここで,仮に(東京23区の)従業員の半数が帰宅を抑制したものとして計算をしたものが図3になります.一斉帰宅の抑制が,過密空間を減らすために重要であるということがこれらから示唆されると考えています.

図1 一斉帰宅ケース(歩道,発災から1時間後)
 
図2 東日本大震災の再現を試みたケース(歩道,発災から1時間後)
  
図3 半分の従業員が帰宅抑制したケース(歩道,発災から1時間後)
 
図4は図1と同じように一斉帰宅がなされてしまった条件下で発生する車道の平均移動速度です(ただし交通規制がなされなかった場合).緊急車両の移動を阻害する大渋滞が,東日本大震災時を再現したケース(図5)を大幅に上回って発生することがわかります.筆者らの調査や内閣府の調査によれば,東日本大震災時は車で家族を迎えに来た人が多く,上りも下りも大渋滞してしまったのですが,これがなかった場合のケースも計算してみました.つまり図4の条件下でこのような迎えに行く人が仮に0だった場合という計算結果です.これが図6です.一人も迎えに行かないというやや非現実な仮定ではありますが,迎えに行くという行動を減らした場合,緊急車両の移動がしやすくなるという傾向がこの結果より示唆されます.
図4 一斉帰宅ケース(車道,発災から1時間後)
  
図5 東日本大震災の再現を試みたケース(車道,発災から1時間後)
  
図6 車で誰も迎えに行かなかったケース(車道,発災から1時間後)


このように,大都市など複合災害もしくは二次災害が発生しやすい都市空間においては,帰宅困難者や複合災害などの発生も考慮した避難計画の策定技術がおそらく今後必要とされるでしょう.このため,この広域のシミュレーションと地域の避難シミュレーションを組み合わせて,帰宅困難者の広域的移動など考慮した避難行動上の問題点などを可視化・評価する研究を行っています.

※ただし,本研究は「帰宅困難者は幹線道路を通過する」「PT調査のデータを用いている」「細街路は5%の確率でランダムに閉塞」など,シミュレーションを行ううえでいくつかの仮定をおいており,発災時に必ずしも上図と同じ状況が再現されるものではありません.詳しくは下記の論文をご覧ください.広域の移動シミュレーションに関する論文
(↑引用の際は「廣井悠,大森高樹,新海仁:大都市避難シミュレーションの構築と混雑危険度の提案,日本地震工学会論文集第16巻第5号,pp.111-126,2016.04.」でお願いします)

市街地火災からの避難に関する研究

 東京大学廣井らは,避難行動の中でも特に,市街地火災からの避難行動に焦点を絞って研究を進めています.例えば,上記の大都市避難シミュレーションに市街地火災からの避難シミュレーションを入れ子構造的に重ね合わせ,道路閉塞の有無や,避難開始時間を変えることで,帰宅困難者の移動が市街地火災からの避難行動にどのような影響を与えるかについて計算ができます.下図は,大都市避難シミュレーション(約600万人)のケース2を前提(帰宅困難者が一斉帰宅するものと仮に想定)とした上で,墨田区全域(約22万人)から指定された避難場所までの所要時間を計算したものです.Case 0は混雑の影響がなく,かつ道路が閉塞しない場合で,この状況下では98.4%が30分以内に避難を完了することができます.他方でCase Bは,道路閉塞を考慮したうえで(閉塞確率を細街路に限り1リンクあたり5%と仮に設定),地震発生直後に墨田区の住民全員が避難を開始するケースで,この状況下では1時間以内に,76.6%しか指定された広域避難場所まで到達できないことが分りました.さらにCase Cは同様に道路閉塞したうえで,地震発生から2時間後に墨田区住民全員が避難を一斉に開始するものです.地震が発生してから2時間後のため,墨田区内には多数の帰宅困難者が郊外に移動しています.つまりこのケースは,帰宅困難者の移動と市街地火災からの避難者が錯綜して大混雑を起こした場合を検証するものと考えることができます.結果として,このケースにおいては30分以内に避難を完了できる人は43.8%,1時間以内でも60.3%しか指定された避難場所に到達できないことがわかりました.2時間以内に指定された広域避難場所にたどり着けない人は全体の22.1%(48,471人)です.つまりこれは帰宅困難者の一斉帰宅かつ地震から2時間後の避難行動という条件下では,帰宅困難者による市街地火災避難の阻害がシミュレーション上で再現されたことになります.




また下記は,廣井らが行った糸魚川市大規模火災の避難行動調査(N=179,回収率約50%)の結果を動画でまとめたものです.この調査は,糸魚川市大規模火災発生において避難勧告が出たエリアの方々に,避難経路を記入していただき,これをまとめたものです.様々なところで火災の様子を眺めていた方が多いことなどがわかりました.


都市における安否確認・避難誘導アプリの開発

 他方で,東京大学廣井らは,このような都市災害の特殊性に注目したうえで,災害時の個人の情報収集や避難行動,滞留行動の助けとなる支援システムを開発しました(スマート防災プロジェクト:株式会社AXSEED,株式会社ウェルシステム,MCPC認定SMC防災ネットワーク研究会との共同プロジェクト).そもそも,このような大都市内避難問題については,事前の備えと共に直後の災害情報の伝達が効果的であり,災害用伝言ダイヤルや災害用伝言版,エリアメール,エリアワンセグ,デジタルサイネージ,SNS,ワンセグ放送など様々な手段での解決が望まれます.実際,これらの手段を用いて災害情報提供に関する取り組みを行った事例も多いのですが,廣井らは外出中も使える携帯デバイスの特性を生かしつつ,パケット通信による情報伝達が可能かつ位置情報を把握できるスマートフォンの特徴に注目しました.この代表的な成果物が2012年8月にリリースしたiphone/android無料アプリ「まもるゾウ・防災」です.本システムの主な機能は,

  1. 位置情報付き安否確認機能
  2. 位置情報付き伝言版機能
  3. 避難場所・避難所・災害拠点病院などの検索機能
  4. 避難場所・避難所・災害拠点病院などへの誘導機能
  5. 家族の集合場所記録・共有機能(家族の集合場所だけでなく,防火水槽の場所や危ないブロック塀の場所など,様々な位置情報を記録・共有できます)
  6. 災害情報検索機能
  7. 防災Q&A機能
になります.Q&Aをよくご覧になってお使いください.
まもるゾウ防災(android版),2012.08リリース
まもるゾウ防災(iphone版),2013.02リリース

 
iphone版のスクリーンショット(左:メニュー,右:2012年12月7日余震時の伝言板)

 
android版のスクリーンショット(左:安否確認結果,右:避難所・避難場所・災害拠点病院検索)

なお2017年8月現在,この防災機能を一部搭載した「まもるゾウ2」が株式会社AXSEED社より提供されています.こちらはこどもをスマホ依存や有害サイトから守るためのチャイルドガード機能を主目的としたアプリです.こちらもぜひご覧ください

 

 

HPの内容や研究内容・取材等については以下にお願いします(できるだけメールでお願いします)。
●所在地:〒113-8656 東京都文京区本郷7-3-1東京大学工学部14号館909号室
●電話:03-5841-6253 ●FAX:未設置
●メール:hiroi@city.t.u-tokyo.ac.jp(@を半角に変えて送信ください).
東京大学大学院准教授 廣井悠  Copyright c 2016 U Hiroi. All Rights Reserved